2010年05月24日

伝える側と伝えられる側にあるもの

2歳になる娘がいます。彼女の話しは、はっきりしない呂律で単語を1語、2語・・・まさに片言で伝えてきます。
そんな状況ですので、聞く側も一生懸命に聞かないと彼女が何を伝えたいのか理解することはできません。
この一生懸命に聞くというのは、何を伝えたいのかを、彼女の口から発せられる単語や、今彼女に起きている状況、そして、今まで彼女が伝えて来た状況を思い出しながら推測し、推測した結果を彼女に問いかけ、正しいか間違っているかを確認していくという一連の行為になります。
確認した結果、あっていれば良いのですが、間違っていると何度か繰り返すことになります。自分の子供であれば、2度、3度繰り返せば大体合致しますが、他のご家庭の子供と話す場合には、その子が家庭で使っている言葉はもちろん、推測するための情報源も減ってしまうため全くわからず、その子の親に通訳してもらう時があります。きっと「話の通じない人だなぁ」と感じているのでしょうね。
こんな、伝える側と伝えられる側のやり取りから感じるのは、繰り返す時の反応の仕方により、双方にとって良い関係を築けるかどうかが変わってくる、と言うことです。一生懸命に伝えようとしているのに対して、一生懸命わかろうとするしていると、例え最終的に理解できなかったとしても、その後も何かを伝えに傍に寄ってきて話しかけて来てくれます。関係を作ることが出来たと感じる瞬間ですね。

さて、大人の会話においてはどうでしょう。一生懸命に伝えること、伝えられていることを一生懸命にわかろうとしていますかね。大人の会話の中においては関係を作ると言うことと、もう1つあるように思います。それは、一生懸命に伝えようとしているのに対して、一生懸命わかろうとして繰り返している過程で、お互いが考えを広げたり、深めたり、と言った学び合いの時間になっているのではないか、と言う点です。双方の関係を作ると共に、学び合いの時間も作っているように感じます。
私たちはeラーニングを作る過程において見ていただく人に出来る限り伝わりやすい表現を考えて開発しています。そして、eラーニングを通して伝える内容(コンテンツ)の向こう側にいる人達と関係を作り、深め、広げる学び合いの場へと案内できるようにしていきたいと考えています。

今の気分 (- -) by ov40



posted by 中田智玄 at 17:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旧ブログのアーカイブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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